外国人学生が語る『ふるさとの街と福岡』
あったかサロン
(財)福岡国際交流協会 大会議室(福岡市役所北別館5F)
毎月第3木曜日18時30分~
福岡で学ぶ外国人学生にふるさと街の歴史や生活、家族のこと、来福の経緯や今後の夢などを話してもらい、市民の外国人学生への理解と支援の和を広げることを目的としています。
●次回以降の講座の受講者を募集してます。
●これまでの講座内容
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2009/08/05 第39回【後編】7月16日(木) 語り手 サマート・ティレバェヴさん(キルギス共和国 ビシュケク出身)
■第39回 後編 (第39回中編の続き)
それらの内容は聴講者の関心をしっかりと掴み、「これからの将来に向かっての目標は?」という質問には「日本人の礼儀正しさや熱心さをキルギス人達に伝えて、今私が関わっているアガペハウス(ホームレスを支援するキリスト教団体)の活動を母国に持ち帰り、ホームレスの人達のために支援施設を立ち上げたいです。」と答えてくれました。もともとはイスラム教だったサマートさんも、この活動を通じクリスチャンに転向し、また英語を喋る友達も増えたせいか、日本語がなかなか上達出来ないと頭を抱えています。すでにキリギス語、ロシア語、英語のと三ヶ国語を流暢に操る彼は「漢字を含む言語に慣れるのにはもう少し時間がかかりそうです。」と正直にコメント。
プレゼンにはサマートさんのお母様も出席され、息子さんが家族と母国の紹介をする姿を最後まで誇らしそうに見守っていらっしゃいました。今年9月に修士の学位を得るサマートさんは、帰国前に日本の色々な場所を旅し、たくさんの思い出を作りたいそうです。2つの大きな夢に向かってこれからも頑張って下さい。(第39回 完)
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2009/06/18 第38回 6月18日(木) 語り手 李相雨さん(韓国 ソウル出身)
李相雨さんは韓国ソウル生まれ。留学生として最初に来日したのは1996年、その後中国留学などを経て、現在は九州大学の芸術工学府・音文化講座に在籍中です。元々のご専門は言語学。とても流暢な日本語で講義して下さいました。
まずはドラマ「チャングムの誓い」の内容と絡めながら、韓国に伝わる家族制度について。李さんは全州鳳安君派という由緒ある貴族の家系に生まれ、その伝統や規律は21世紀の現代でも厳しく守られているそうです。一族の同世代の人は必ず名前に同じ文字を用い、その文字とは古代の王朝より継承され何世代後までも既に固く決められているため、成宗王中始祖より数えて16代目の李さんの名前には「雨」の字が入っています。また成宗王や祖先の法事では、現在でも、李さんのお父様や一族の方々は「チャングムの誓い」さながらの韓国伝統衣装を身にまとって参列されるそうです。
日本とはあまりに違う習慣に会場はおおいに盛り上がりました。ラストには「韓国でキリスト教徒が増えているのは何故ですか?」「美容整形が盛んだというのは本当ですか?」など講義内容とは関係のない質問も飛び出しましたが、李さんはすべての質問に丁寧に答えてくれました。
昨年の日韓首脳会談の通訳も体験された李さん。将来は、宗教家・事業家などたくさんの夢をお持ちだそうです。どんなご職業につかれても日韓の懸け橋としてますますご活躍されることでしょう。
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2009/05/28 第37回 5月21日(木)語り手 カーリー ラッドフォードさん(英国 ダービー市出身)
彼女の話は、まず家族の紹介から始まりました。
お母さんは、地元で有名な強くて怖い人。警察ともケンカをするし、パブの壁も壊してしまう強者とのこと。
確かに彼女もいい体格だし....と思いきや、娘の彼女は非常にシャイ。
はにかみながら「ふるさと」の説明をしてくれました。
彼女の「ふるさと」は自然に囲まれた町。学校には隣の農場の牛が入ってくることもあったそうです。
写真の様子も、緑豊かなのどかな町。とてもすてきな「ふるさと」のようです。
日本に興味を持ったのは「ドラゴンボール」からだったとか。
日本の漫画・アニメの威力はさすがです。
アニメの音楽を通じて、日本の音楽が好きになり、歌詞を理解したい思いがつのって、リーズ大学の日本語学科に入学。昨年、1年間の滞在予定で念願の日本にやってきました。
福岡大学では、日本人と外国人が共同生活をする寮で、毎日の生活をとてもエンジョイしているそうです。
夢は日本の高校で英語を教えること。
日本の大学も気に入った様子で、「今年8月にはイギリスの大学に帰るけど、もっと日本語をしっかり勉強し、今度は正式に福岡大学に入学して、教育関係の勉強をしたい」と力を込めて語る彼女。
是非、また福岡へ戻ってきて、夢をかなえてください。
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2009/04/21 第36回 4月16日(木)語り手 ヌル ディアナさん(マレーシア パハン出身)
ヌルさんは昨年マレーシアから福岡へやってきた大学生。九州大学工学部の機械航空工学科で学んでいます。
当日は、パワーポイントを使って、マレーシアの風景や結婚式の様子、伝統的なゲーム、食べ物などをわかりやすく説明してくれました。
日本に留学した理由は、「小さい頃から日本のアニメやドラマが大好きだったから」とのこと。
参加者から「好きなドラマは?」「福岡で好きな場所は?」との質問に、「好きなドラマは「花より男子」。
好きな場所は天神よ。ショッピングができるから。でも、福岡のデパートは早く閉まるからちょっと不満。マレーシアのデパートは23時頃まで開いてるわ」とヌルさん。
いまどきの女の子の素顔がちらりとのぞきます。
小さい頃から大空を飛ぶ飛行機を眺めながら、空に憧れ続けた彼女は、心配するお母さんの反対を押し切って、マレーシアから福岡へやってきました。
「今、マレーシアには女性の整備士はあまりいないけど、頑張って勉強して整備士になります。まずはドイツの航空会社に就職し、実力をつけてからマレーシアに帰りたい」。
大きな目をきらきらと輝かせて将来の夢を熱く語る彼女の夢が、必ず実現しますようにと祈らずにはいられませんでした。
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2009/03/23 第35回 3月19日(木) 語り手 ゴンザレス・マクシミリアンさん(米国,サン・ディアゴ出身)
ゴンザレスさんは、アメリカのサン・ディエゴ州立大学に在籍する大学生。専攻は言語学。短期留学生として昨年来福し、協定校である西南学院大学の留学生別科で学んでいます。「色々な国の人がこの科に集まっているのが気に入りました」日本のことを初めて知ったのは小学校の授業。その時に日本という国に興味を持ったそうです。のちにハマナカミヨコという日本語の先生の指導を受けたことも相当な刺激になったとか。
福岡でお気に入りの場所は大濠公園。時々自転車で出かけるとのこと。こういう公園は故郷のサン・ディエゴにはないのだそうです。
好きな食べ物は「たこ焼き、焼きそば、うどん、そば、ラーメン」など。特に大好物は「お好み焼き」。鉄板で焼いた料理や麺類が口に合うのでしょう。それから、この人は大のテレビゲーム好き。中学校の頃から“はまって”いるそうです。ゲームの話題になると、とたんに熱っぽく皆に語りかけます。話の中で「ファイナルファンタジー」「ゼルダの伝説」などゲームの名前や「コナミ」など各国のゲーム会社名が次から次へと出てきます。本人は否定していますが、ゲームの“おたく”とはこの人のことを指すのでしょう。テレビゲームをする中で「世界を旅行する」という発想も生まれたそうです。ところで、今後のプランについてはどう考えているのでしょうか。本人曰く、「JETプログラム(The Japan Exchange and Teaching Programme)に申込んで日本で働くか、テレビゲーム制作会社に入ってゲームの脚本を書くでしょう」彼が好きな「日本」と「ゲーム」。果たしてどちらの道を選ぶのでしょうか。
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2009/02/20 第34回 2月19日(木) 語り手 張 凱翔さん(中国,香港出身)
「列の国」
張さんは故郷の香港を指して、こう表現します。香港の人々はどこかに行列があると、その後ろに並びたがるのだそうです。
1歳のときに中国北部から移住したこの香港では、中国への返還とその影響をはじめ、色々劇的な体験をしたとか。
その後は留学や仕事でアメリカと香港を行ったり来たりの生活をしていたそうです。
日本に来るきっかけは、アメリカでの日本人との出会い。サンディエゴにある居酒屋で働いていた時の店長でした。
「日本の中でも気候のよい場所に住みたい」そんな思いで北部九州をあちこち探し回り、選んだのが福岡でした。
福岡に来て、住居探し。地下鉄の一日乗車券を買い、「唐人町」の駅名を見て下車。ここで中国人に助けてもらえると思ったようです。「『唐人町』は『中華街』の意味なのです」でも、実際は違いました。不動産屋で筆談を交えて何とか意思を伝え、アパートを確保。
「そこの大家さんがとても親切な人でした。最初、部屋の中には何もなかったけれど、大家さんが冷蔵庫、テレビ、毛布、コタツなどをくれました」中華街ではなくとも、地元の人の優しさを感じたのではないでしょうか。
それからは日本語を本格的に勉強し、日本語検定試験1級に合格。西南学院大学3学年に編入しました。
大学では英語学を専攻し、現在は就職活動中です。彼の希望は在留資格を取り、日本で就職すること。そして母国にいる母親を日本に呼んで一緒に住むことだそうです。
日本に腰を落ち着けて、頑張る張さんの夢がかなうといいですね。
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2009/01/19 第33回 1月15日(木) 語り手 ハリ バハドゥル パハリさん(ネパ-ル,ポカラ出身)
ハリさんは、九州産業大学工学部で電気情報工学を学んでいます。
故郷はネパールのポカラ。風光明媚な観光地で「外国人観光客がたくさん来ます」
彼によると、福岡はそのポカラになんとなく似ているそうです。福岡に対して親近感をお持ちなのは、故郷のイメージと重なるからでしょう。
来福して苦労したことは言葉、特に方言の理解だったそうです。
例えば、物を片付ける際に使う「なおす」という表現。アルバイト先で食器洗いをしていて、この言葉で指示を受けた際、えらくとまどったとか。 「大学に入る前は日本語学校で日本語を勉強しました。でも、そこでは標準語しか習わなかったから、博多弁はわかりませんでした」
むずかしい方言の理解に役立ったのが“博多にわか”でした。ある日、区役所に行こうとして道に迷い、通りがかりの男性にたまたま場所を尋ねたら、その人が“博多にわか”の愛好会会員でした。その出会いが縁で“博多にわか”の勉強をするようになり、博多弁もにわかに上達したそうです。
当日はお面をつけ、(「新雪」と「親切」を掛けた)自作のネタも披露してくれました。
今春には卒業し、日本の電機メーカーへ就職する予定です。将来は帰国して、母国の発展に尽くしたいとのこと。
福岡の地で培った知識・技術はもちろんとして、“博多にわか”で磨いたユーモア精神が、彼の今後の活躍に大いに役立ってほしいと思います。
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2008/12/19 第32回 12月18日(木) 語り手 マルテ ウィンストンさん(ドミニカ,モンテクリスティ出身)
九州大学では約1,300人の留学生が学んでいます。マルテさんは大学院で農業経済学を研究するかたわら、大所帯である九大留学生会の会長として仲間のためにも汗を流し、忙しい毎日を送っています。
留学先として福岡を選んだ理由は、「気候がよいこと。国際空港があること。いい大学があること」
実際に住んでみて気に入ったのは地元の人の優しさ。「日本語がしゃべれなかった頃、親切に道を案内してもらいました」
お気に入りの場所は百道エリアで、そこには彼の好きな景色があるとのことです。
将来、母国でマンゴー(果物)のプランテーションを経営して日本に輸出するのが夢だそうです。「マンゴーは日本では高く売れるのです。それにマンゴーの場合、ほかの農場と違って現場に毎日行かなくても済みます。私は自由が好きですから」
大学院での研究は将来の“マンゴー・プラン”にどう結びつくのでしょうか。本人曰く、「まったく役に立ちません」
福岡では日本人をはじめ各国の人々と仲良くなりました。皆がめいめい自分の国の料理を持ち寄って、パーティーをするそうです。まさしく異食文化交流と言えるでしょう。
日本食も好物。天ぷらや寿司などの定番メニューはもちろんとして、特に好きなのは刺身。「魚の名前はわからないですけど」と言うマルテさんですが、美味しければそれでいいではありませんか。
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2008/11/21 第31回 11月20日(木) 語り手 ユリ レスティアニさん(インドネシア,ランプン州出身)
ユリさんは九州大学比較社会文化学府の修士課程で翻訳などの研究をしています。
現在の研究対象は黒柳徹子著「窓際のトットちゃん」。原文の日本語からインドネシア語に訳されたもの(直接翻訳)と、日本語から英語に訳されて、さらにインドネシア語に訳されたもの(重訳)を比較研究しているそうです。
日本への留学は福岡が2度目。2001年に交換留学生として来日し、東京の立教大学で1年間学んだ経験があります。
東京にいた頃は平気だったのに、福岡に来て3か月でホームシックにかかってしまったとか。「東京では友達とよく遊んでいたけれど、福岡では忙しくて友達と遊ぶことができなかったからでしょうね」と自己分析。今では、大学院が研究や論文作成などで多忙を極めるので、遊びたくても遊べないのだと納得しているようです。
日本に来て彼女が驚いたのは、ファーストフードのマクドナルドに対するイメージの違いです。彼女の故郷では「値段が高くておしゃれな店」ですが、日本ではその反対。インドネシアでは普段、屋台で食事をして、お金が手に入ったらマクドナルドに行くそうです。
「日本では和食のほうが高いですね」。両国の食文化の違いということでしょうか。
彼女はイスラム教徒。信者の女性の多くがベールで髪を覆っているのを目にします。これについては「大人になったら、覆うかどうかは自分の選択」なのだそうです。
将来、翻訳・通訳者として一人前になることをめざしている彼女にとって、福岡でのいろいろな体験が、大いに役立つことを願っています。
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2008/10/17 第30回 10月16日(木) 語り手)朴 美善(ボク ビゼン)さん(中国、吉林省出身)
朴美善さんの来福は2001年。福岡の日本語学校、福岡教育大学と進学し、現在は同大学の大学院教育研究科で学んでいます。
朴さんは昨年、結婚したばかりの新婚です。ご夫婦とも中国出身ですが、彼女は朝鮮族でご主人は漢民族。2人が初めて出会った場所は、なんと福岡の焼肉店でした。その店でアルバイトをしているときに、知り合ったそうです。「中国にずっといたら、今の夫とは出会わなかったでしょうね」。これは福岡が取り持った“縁”ということでしょうか。
「福岡の印象は、きれいな街だなあということです。特に、一度帰国して再び福岡に戻ったら、そのことを実感しますね」。
福岡に来て驚いたことは、「うーん。もう長年、福岡にいるので忘れちゃいました」。
彼女の故郷では、福岡の知名度は残念ながら低いとのことです。現地の人に聞いても、「福岡ってどこ?」と逆に聞き返されるとか。
また、東京や大阪に住む彼女の友人からはこんなことを言われるそうです。「福岡の人は外国人を『外国人だ』という目で見ている」。なかなか痛烈なコメントです。
福岡が世界に開かれた都市となるには、私たち一人ひとりがもっと心を開いて、誰とでも“自然体”でつき合う必要があるのかもしれません。
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